教訓

更新日:3月17日

 数年前に読んだ、ある記事が未だに忘れられないでいる。

 それは『ある小学校に逆上がりのできない子「Aちゃん」がいた。担任はAちゃんの逆上がりの練習に放課後、毎日付き合うことにした。その練習のおかげでAちゃんは逆上がりができるようになった。その時にAちゃんは「もうこれで逆上がりの練習はしなくていいんだね」と言った。』これはかなり省いているが、このようなことが書いてあった。

 私はこの担任の気持ちがすごくわかる。「Aちゃんのために何かできることをしたい」「できたときの喜びを感じほしい」など、指導者であれば当然の感情だと思う。しかしAちゃんはそうは思わなかった。それどころか「鉄棒の練習から解放されること」に喜びを感じていたのだ。それではどうしたらAちゃんは逆上がりができたことに喜びを感じ、それがAちゃんのプラスになったのか。私は「主体性」だと思う。

 Aちゃんが鉄棒をやりたいと感じ、自ら手伝ってほしいと思うように援助出来たらよいのではないかと考える。そのためには鉄棒が楽しいという気持ちが大事である。このように言葉にするのは容易だが、実践することは大変難しいことだと思う。誰だってできないことや苦手なことは楽しくないし、やりたくないものだ。なので私は「子どもの気持ちを受け入れること」「褒める又は前向きな言葉をかけること」を重要視している。

 できることは素晴らしいことだと思う。しかし「できる=すごい」という固定概念が出来てしまうと、できなかった時に心が折れてしまう。「できる=すごい」ではあるが「できない=すごくない」ではない。できなかった時に指導者や周りの人間が落胆したり、否定的な言葉をかけてしまうと、その子はできなかった自分を責めたり、その対象への興味が薄れてしまったりするのではないだろうか。そうならないためにもできなかった時は、その子を励ましたり、少しでもよくなっているところを褒めたりすることが、周りの大人の役割だと私は考える。そしてこうした経験を幼少期から経験することで、子どもは自己肯定感を持てたり、様々なことに興味を持てたりできるのではないだろうか。

 つまり、子どもに自分の理想を押し付けてはならないのである。常に子どもの立場になり、子どものできることもできないことも認めることで、子どもは前向きに成長していくと私は考える。指導方法に答えはないと思っているが、私はこの考え方をこれからも大切にしていきたい。




閲覧数:30回0件のコメント

最新記事

すべて表示